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2009.11.07

category: ★サイト案内

【雅姫同盟】サイト案内&ご挨拶

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46.願わくば

 ベッドの上で膝を抱えて円くなっている姿は、本当に猫そのもので・・・失笑したデュオの気配にゆっくり顔を上げる仕草も猫を思わせた。
「アイツは帰った、夕食作って食おうぜ」
 じっとこちらの顔色を窺ってくる様子は、どうやら追い出される懸念を抱いているらしい。確かに同じ名前で双子かと思う顔立ちの人間が突然現れれば、記憶がない不安定な状態では揺らぐだろう。
「ほら、おいで”ヒイロ”」
 差し出された手とデュオの顔を交互に見つめ、まだ躊躇っている。ベッド脇まで近付き、ぺたんと座り込んだ”ヒイロ”の黒髪をくしゃくしゃと掻き乱して、目の前に膝をついて覗き込んだ。
「何を心配してる?」
 記憶がないということは、過去がない。自分自身を確定してくれる足元があやふやだから、明日も現在も現実感がないのだろう。そんな”ヒイロ”にとって、唯一縋れる相手がデュオだった。
 旧友の名を付けてくれたデュオに心を開き始めた時現れた”本物”・・・・誰だって本物を欲しがる筈。そう考えたら怖くなった。同じ部屋にいることが苦痛で寝室に逃げて・・・今度は押し寄せる不安に潰されそうになる。
「・・・・・・・・っ・・」
 口を開きかけて閉じた”ヒイロ”の蒼い瞳を真っ直ぐに見つめたデュオが、悪戯好きの子供みたいに無邪気な笑みを浮べた。
「大丈夫、ちゃんと食えるもん作ってやる。明日の朝食はおまえが作れよ、”ヒイロ”」
 ぎこちないながらも表情を和らげた”ヒイロ”の額にキスを落とし、デュオは鼻歌を歌いながら踵を返す。明日の約束を与えられ、少し安心した”ヒイロ”は唇の触れた額に手を当て・・・擽ったそうな顔で後に続いた。

 通信が入ったのは、ちょうど髪を拭いている時だった。先にシャワーを浴びたデュオと入れ違いにバスルームへ向かった”ヒイロ”の気配を探り、引き寄せたBBにパスワードを入力する。
「・・・・・何か分かったか?」
 挨拶抜きで用件に入ったデュオへ、赤毛の情報屋は咥え煙草を灰皿に押し付けながら頷いた。
「詳しい情報は送信するが・・・とんでもない経歴だ」
「へぇ・・・」
 にやにや笑うデュオへ、レイルがディスプレイ越しに紫煙を吹きかける。
「どうせ、ある程度予想してたんだろう」
「まあな」
「火遊びはいいが、火傷するぞ」
「飛んできた火の粉は払わないと火事になるんだぜ」
 切り替えされ、大笑いしたレイルが滲んだ涙を拭いながら煙草を灰皿に放り投げた。
「なるほど・・・それじゃ、拾った猫ちゃんをお大事に」
 特殊な回線故に、通信記録は残らず追跡もされにくいが、まったく痕跡が残らないわけではない。短時間で切ることが一番の安全だとキーボードへ手を伸ばしたレイルへ、デュオが爆弾を落とした。
「今日、ヒイロが来た」
「何?!」
 身を乗り出したレイルの顔に心配の色が広がる。情報組織のトップに君臨し、冷血漢のように揶揄されるレイルだが、実は身内にひどく甘い傾向があった。お人好しの古馴染みにひらひら手を振り、デュオは自ら回線を切断する。
 真っ暗になったディスプレイを前に、レイルは短い赤毛を掻き毟って薄氷色の瞳を細めた。
「・・・・つまり、もう手が引けないってコトか」

 齎された情報を余すところなく読み、己の中で噛み砕いて消化する。簡単そうで難しい作業を淡々とこなすデュオの耳に、テーブルへ何かを置く音が響いた。顔を上げれば、ビール片手の”ヒイロ”が窺うように小首を傾げている。2缶持ってきたらしく、テーブルに置かれた缶が先ほどの音の正体らしい。
「サンキュ」
 礼を言ってプルタブを上げ、躊躇いなく煽る。ほっとしたのか、”ヒイロ”も同様に缶の中身に口をつけた。
「仕事・・・か?」
 情報端末を操るデュオに声をかける機会を探していたのだろう。恐る恐る尋ねられ、笑顔で頷いた。
「ああ、ちょっと調べ物があってね。もうすぐ終わるよ」
 表示されている情報は、目の前に座っている”ヒイロ”自身が知りたがっている過去だった。しかし、内容を彼に告げる気はない。
 記憶を失った理由が問題なのだ。
「・・・・・今日は俺がソファで寝るから・・」
 黒髪がまだ濡れていることに気づき、デュオは端末を横に避けて身を乗り出す。肩にタオルをかけている”ヒイロ”の髪を優しく梳いてやり「まだ濡れてるぜ」とタオルを手に取った。優しい手つきで拭いてくれる手に甘え、”ヒイロ”が目を伏せる。
「気にするな。オレはまだやることがあるから・・先に寝てろ」
「でもっ!」
「半分開けといてくれ。後で行くよ」
 子供に言い聞かせるようにデュオが笑えば、こくんと素直に頷いた。髪が乾いたのを確かめ、デュオがそっと促す。寝室に入っていく”ヒイロ”が頬を赤く染めているのを知りながら、黙って端末を引き寄せた。
 願わくば・・・これ以上何もおきないで欲しい。
 彼の記憶が戻る必要はないし、テロなど計画倒れになればいい。都合のいい願いだと知りながら、デュオは窓の外へ目を向けた。再び降り始めた雪は、昨夜の舞うような儚さがうそのように激しい。真っ白に下界を染め替える白に目を細め、まだ残っている温いビールを一気に流し込んだ。

                                          To Be Continued....

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45.曖昧な境界線

「・・・隣にいる」
「居心地悪いか? ゴメンな」
 くしゃっと黒髪を掻き乱し、デュオは困ったような顔で笑う。立ち上がった”ヒイロ”を寝室まで見送り、ドアを閉めて戻った。人懐こさは前面に出しているデュオだが、正直、親切さは滅多に示さない。親切そうに振舞うことはあっても、あくまで演技に過ぎなかった。
 珍しい物を見たと言わんばかりの顔で待つヒイロが、組んでいた足を下ろして身を乗り出す。
「アレは何だ?」
「・・・・一昨日の夜拾った猫だけど」
 ふざけた言い回しで追求を躱すデュオがコーヒーを口に運ぶ。薄めに淹れたコーヒーは、思ったより口の中で苦く感じられた。顔を顰めたデュオが溜め息を吐き、しかたなさそうに顔を上げる。
「アイツに用?」
「いや」
 L1の組織と手を切ったヒイロは、現在プリベンターに所属している。リリーナの護衛などでTVに映ることもあり、デュオの側から見れば”よく姿を見かけて”いた。逆にスイーパーへ戻って、闇社会で名を馳せるデュオを知るには同じ闇に沈むか。または噂を耳にするくらいだろう。
 ガンダムパイロットと云う同じ過去を持ちながら、まったく別の道を選んだ対照的な2人―――光の当たる表に立つヒイロと、闇に沈む裏を仕切るデュオ。どんなに分類しても、所詮はエージェントであり・・彼らの境界線は紙一重の曖昧さを孕んでいた。
「ここは女王様の騎士(ナイト)がくる場所じゃないぜ」
 自嘲を含んだ声は感情に反して明るく、デュオの浮かべた笑顔も完璧に作られている。裏を読むように目を細めたヒイロが溜め息を吐いた。その仕草に、ヒイロも随分人間らしくなったじゃないかと思う。
「騎士になった覚えはない」
「事実上一緒だろ。リリーナお嬢さんは元気かい? 先日の襲撃で軽いケガしたって聞いたぜ」
 ヒイロの視線が切りつける鋭さを帯びる。テロリストによる襲撃事件が起きたのは先週の水曜日早朝だった。ヒイロが駆けつけた時にリリーナは腕にケガをしていて・・・・しかしリリーナ負傷のニュースは流していない。意図的に隠した秘匿情報だ。
 何故知っている?
 押し殺した気配に殺気が過ぎり、コーヒーカップを片手にデュオは肩を竦めた。
「オレの耳に入らない裏情報の方が少ないさ」
 全コロニー群を含めた地球圏の裏社会を支配する、最大の地下組織スイーパーグループ―――規模もさることながら、所属エージェントの質は他の組織を圧倒する。その組織で実行部隊を統括するトップ・エージェントであり、総帥に意見できる唯一の男は尖った犬歯を覗かせて獰猛な笑みを浮べた。
「おまえにしては感情が表に出すぎてる。どうやら何かあったらしいな」
≪大規模なテロ計画だ。L3の廃棄予定コロニーを落とすらしい≫
 唇の動きだけでヒイロが告げる。真っ直ぐな蒼い眼差しを受け止め、読み取った内容を吟味するデュオが足を組んだ。膝の上で組んだ両手は、左手の親指が右の指背を撫ぜる仕草を見せる。考え事をする際のデュオの癖だった。昔から変わらない癖を懐かしく思うヒイロが、再び唇を動かす。
≪同時に、リリーナの暗殺も察知した≫
「それで?」
 読唇術を使わずに問い返し、組んでいた手を解いた。コーヒーカップを手元に引き寄せて、カップの縁に噛み付くような仕草を見せる。歯をカチンと音をさせてぶつけ、結局飲まずに両手で包み込んだ。
「協力して欲しい」
 くつくつ喉を震わせて笑ったデュオが、小首を傾げる。
「それは”どこ”が”誰”に要請している?」
 明言を避けたヒイロの狡猾さに気づいたからこそ、頷けなかった。
 デュオに与えられた権限と地位は高い。すなわちそれは、彼の実力に相応しいと判断して与えられるものだ。デュオの判断ひとつで、地球圏最大の地下組織スイーパーはおろか、裏の情報組織として名を馳せる”DA”も動かすことが出来た。
 今の地位で他人の命を預かる以上、昔のように容易に頷くことは許されない。
「・・・・俺がお前に」
 用意した中で、一番卑怯な答えを返す。
「ふ〜ん、そう来るか」
 チェスの次の手を考えるように目を細めて唸るデュオが、静かに息を吐いた。
「残念ながら”動けない”な」
 その程度の曖昧な情報では決断できない。どこからの依頼もなく動けるほど、デュオの立場は軽くなかった。即答で引き受けることができた7年前とは違う。195年戦争当時なら・・・きっと喜んで協力した。打算も立場も見返りもなく、この身を差し出せたのに・・・。
「わかった。邪魔をした」
 答えは最初から分かっていたのだろう。大して落胆した様子なく立ち上がるヒイロを、ソファに座ったまま見送る。隣を通り過ぎる瞬間、ヒイロの指がデュオの肩に触れた。ほんの一瞬の接触に目を見開いたデュオが、眉を顰めて唇を噛み締める。
 ソファに深く身を沈め、デュオは大きな溜め息を吐いた。
「次はいつ?」
 振り返らずに向けた質問へ、ヒイロも振り返らず返す。
「お前次第だ」
 それ以上何も言わず、ドアが閉まる音を身じろぎせずに待つ。寝室で息を殺して待っているだろう”ヒイロ”を思い、デュオが立ち上がるのはドアの音から数十秒後だった。

                                          To Be Continued....

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44.雪月夜

 朝、目覚めると酷く寒かった。地球の天気は猫の目のように変わる。夜明けまで降り続いた雨も冷たかったが、今日は本格的に冷え込むのだろう。
 煙草をふかしながら窓際に座るデュオは、ぼんやりした雰囲気と裏腹の鋭い眼差しを窓の外へ向けた。夜明けの薄紫に染まった空が徐々に鮮やかな青に変わっていく。
 ふぅ・・・紫煙を吐き出す仕草に溜め息を混ぜた。
 寝室で眠る”ヒイロ”の記憶がないという話は、本当なのだろう。傷だらけの体や銃を扱う者特有の節くれだった指を見れば、彼がエージェントか元軍人だと断じて間違いなかった。しかし・・・・同業者ならばデュオやヒイロの名を知らぬ筈がない。
 惚けているだけなら、デュオは見抜けた自信がある。ある意味、自身が周囲を欺いて感情を作っている立場なのだ。他人の感情には敏感だった。
 いくらでも偽名を持っているのだから、本名を名乗る必要はなかったデュオが彼に名を告げたのは、反応を見る為の引っ掛けだ。その反応を見る限り、”ヒイロ”は本当にオレの名を知らない。さらに確認の意味を込めて、ヒイロ・ユイの名を出したのに・・・・。
 くしゃっと前髪を握り、くつくつと喉の奥で笑った。
 違うな・・・確認するだけならオレの名で足りる。これはただの未練だ。アイツを思い切れない、忘れられないオレの未熟さが引き出した、哀れな想いの残滓に過ぎない。
「・・起きたか?」
 ドアを開ける気配に気づき、そちらを見もせずに声をかけた。
「ああ・・・昨夜は・・」
「謝罪はいらないが」
 意味深にそこで言葉を切った。
 くるっと振り返って窓際から離れる。ガラスに寄りかかった体の右半身は冷えていた。
「食料がない。買出しに付き合ってくれるだろ、”ヒイロ”」
 笑いながら手を差し出し、驚いたような顔を笑み崩した”ヒイロ”と連れ立って歩き出す。短くなった煙草をぽんと放り、背中越しに灰皿に落ちた吸殻を確認して施錠した。

 朝食の材料を買いに行く筈が、帰宅は夕方になっていた。デュオより身長が10cmほど低い”ヒイロ”に洋服を選び、足りない毛布やら日用品を買うのは意外と時間がかかる。
 大量の食料を買い込んだのは、荷物持ちがいたから・・・というより、部屋に何もなかった所為だろう。パンを買えば、ジャムやバターに手が伸び・・・飲み物も欲しくなる。コーヒーを入れる為に豆だけでなくフィルターも必要となり、卵や牛乳にベーコンとサラダの野菜を足した時点で、かなり紙袋は一杯になっていた。両手で抱えた荷物を大騒ぎしながら持ち帰った2人は、マンションの入り口で足を止める。
「あのさ・・悪いんだけど、オレンジ買って来てくれる? 荷物はオレがしまっとくから・・」
 鼻の脇を掻きながらバツが悪そうに頼むデュオの姿に、”ヒイロ”は肩を竦めて手を出した。その上にぽんと財布を置き、「悪いな」と再度拝むようにして送り出す。
 階段を下りる彼の足音が聞こえなくなり、デュオは冷たい表情でドアを見つめた。
 現在、この部屋に人はいない。家主であるデュオ以外に部屋の鍵を持つ人間はなく、それ故に中に感じる押し殺した気配に警戒心は高まった。
 アイツが戻るまでに片付けるか。
 ジーパンのベルト辺りを右手で確かめ、室内に踏み込む。ドアの外に置いたままの買い物を無視して足を進め、リビングの前で苦笑して声をかけた。
「・・・・・まさか、本物がお出ましとは・・・」
 さすがのオレも驚いたぜ。
 愛用のナイフを抜くことなく、侵入者が振り返るのを待つ。
 人形のように整った無表情に、僅かな笑みが刻まれていた。口角を引き上げただけの冷笑の美人は、美しい黒髪に彩られた白い顔をゆっくりデュオへ向ける。長い睫毛が縁取る瞳の色は、吸い込まれそうな蒼。
「久しぶりだな、デュオ」
 同じ発音なのに、誰とも違う響きで呼ぶ青年は記憶より大人びていた。
「ああ、元気だったか? ヒイロ」
 確かめるように名を口にする。作った笑顔で応じたデュオが肩を竦めて踵を返す。
「冷凍食品をしまうから、少し待っててくれ」
 数年ぶりの出会いにも関わらず、毎日顔を合わせる友人を待たせるような気軽さでデュオは荷物を取りに玄関へ向かった。買った食料品を棚や冷蔵庫にしまいながら、ついでにコーヒーを淹れる。コーヒーメーカーがこぽこぽと音を立て、芳醇な香りが室内を満たす頃・・・トレイにカップを乗せたデュオがソファに落ち着いた。
「今日はどうした?」
 差し出したコーヒーをヒイロが受け取ったところで、玄関のチャイムが鳴る。
「はいはい」
 意味ありげな視線を送ったデュオが立ち上がり、1人の青年を連れ立って戻ってきた。中にいるヒイロに気づいて身を震わせた彼は・・・・ソファに座るヒイロに酷似している。黙って立っていれば区別がつかないだろうが、浮べる表情があまりに違いすぎた。
「”ヒイロ”、これがおまえの名前の由来になった旧友ってヤツ。・・・ん? 雪でも降ってきたか? 髪が濡れてるぜ」
 簡単な説明の直後、黒髪が湿っていることに眉を顰めた。タオルをかけてやり髪を拭こうとすれば、彼は泣き出しそうな顔で俯いている。
「とりあえず・・座ってコーヒー飲めよ」
 自分の隣に座らせた”ヒイロ”と、向かいで興味深そうな顔で観察しているヒイロ。
 双方を交互に見つめたデュオは、膠着した現在の状況を打破すべく言葉を探していた。窓の外は・・・今年初めての雪が舞い始め、まだ隠れていない月の光に幻想的な景色が広がる。
「何から説明すりゃいいのかねぇ・・」
 思わず呟いたデュオが、隣の青年の濡れ髪を拭きながら溜め息を吐いた。

                                          To Be Continued....

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43.フラッシュバック

 とりあえず冷蔵庫に残っていた食料を掻き集めて食べさせたデュオは、咥え煙草で青年を見つめていた。食べ終えた後に「ご馳走様でした」と呟いた青年の育ちのよさを垣間見て、苦笑しながら「大したお構いもできませんで・・」と返答する。
「ところで・・・」
 何か聞かれるのかと身構える青年を他所に、立ち上がったデュオは棚から救急箱を手に振り返った。
「ケガの消毒しといた方がいいよな」
「・・・・・何も聞かないのか?」
「だって、聞いたって覚えてないんだろ」
 無駄なことはしない主義でね。
 救急箱の中身を引っ張り出しながら、ラグの上に直接座り込む。手招きされて近付いた青年をソファに座らせると、紫煙漂う煙草を灰皿に押し付けた。すぐに新しい煙草を咥え、火をつけないままで手を伸ばすと包帯を解き始める。
「まだ痛いか?」
「いや・・」
 否定した青年の足元に白い包帯が落ちる。滅菌ガーゼを剥いだデュオは、傷口の状態に目を眇めた。すでに塞がり始めている・・・それはデュオの不審を煽るに十分過ぎる理由だ。何らかの薬物で代謝や免疫を高められている可能性があった。
 やっぱり・・同業者か。
 青紫の瞳が険を帯びる。しかしすぐに表情を改め、傷口を消毒して再び包帯で包んだ。無言で行われる作業を終え、デュオは俯いている青年の顔を下から覗きこむ。
「なあ、ヒイロって呼んでいい?」
「・・・・・何故」
「オレの知り合いなんだけど、おまえに似てるんだよな。しばらく一緒に暮らすなら、名前は必要だろ? 記憶が戻らないまま外に出して、また血塗れで倒れてても寝覚めが悪いし」
 軽い口調で同居を提案し、名前を勝手につけたデュオに目を見開き・・・青年は口元を笑みで和らげた。
「・・・世話になる」
「よろしく、”ヒイロ”」
 にっこり笑ったデュオが立ち上がり、ヒイロと名付けた青年の手を引っ張る。引き起こされた彼が首を傾げるのを無視して、寝室に放り込んだ。
「ケガ人なんだから、もう少し寝てろよ。オレはリビングにいるから」
 そっけなくドアを閉められ、迷った末ベッドに横になった”ヒイロ”は・・・・すぐに眠りの腕に意識を委ねた。

 ドアに寄りかかり、中の様子を窺うデュオが自嘲の笑みを浮べた。
「よりによって、ヒイロ・・か」
 その名を選んだ自分の女々しさが馬鹿らしくなるが、青年が眠った気配に複雑な感情が沸き起こる。ホットミルクに混ぜた薬が効いたのだろう。だとすれば、薬物訓練を受けていない可能性がある。または・・・眠った振りか。
 いや、本当に眠っている。
 気配を探って、疑り深い自分を振り切るように頭を振った。
 リビングのソファの影から取り出したBBから、特殊な暗号を30桁近く入力してリターンキーを押す。立ち上がる画面に応えがあったのは、僅か26秒後だった。
「・・・時差を考えろ、このバカ・・」
 悪態ついた赤毛の青年が大きな欠伸をする。L2コロニー群は朝4時前後だろう。知っていて連絡したデュオは、悪びれた様子なく謝罪を口にした。
「悪いが、急ぎの仕事でね」
「はいはい」
「ある人物の調査だ。ありとあらゆる情報が欲しい」
「・・特徴は?」
 煙草を咥えるレイルが薄氷色の瞳を細めた。マッチで火をつけて紫煙を吐き出すのを待って、デュオは地球圏最高の情報組織”DA”の総帥に依頼内容を伝えた。
「・・・・聞けば聞くほどヒイロに似てるな。本当に本人じゃないのか?」
「さて・・・どうだろうな」
 茶化すような口振りながら、真剣な目の色が言葉を裏切る。
「ま・・・調べてみりゃ分かるか」
 ひらひら手を振って回線を切った旧友がブラックアウトするのを見送り、デュオも新たな煙草を咥えた。ライターの火をつけた煙草を燻らせ、机の上の灰皿を引き寄せようとして・・・吸殻が崩れる。いつのまにこれだけ積んだのか・・・普段より多い喫煙量に天を仰ぎ、片付ける為に立ち上がった。

「っ・・・やめろッ! 離・・・せ」
 叫んだ青年の声に、デュオはノックもなく寝室に飛び込んだ。誰か侵入した形跡はない、もちろん気配も感じなかった。ベッドの上で何かを振り払うように手を動かす”ヒイロ”を見下ろし、覚醒させようと頬を叩く。
 否、叩く前に振り払われた。
「チッ・・」
 舌打ちしたデュオが”ヒイロ”の手を押さえつけた。頭の上で両手を束ね、無理やり戒める。それでも暴れる青年の上に跨り、頬をかなり強く叩いた。
「起きろ、”ヒイロ”!」
「・・・っ!」
 一気に覚醒した青年の足がぴくりと動き、気づいたデュオが身を捩る。腹部に乗り上げているデュオの後頭部を狙った足を左手で掴み、ベッドに叩きつけた。
「痛っ・・・」
 漏れた悲鳴に、デュオは顔を近づけて言い聞かせる。
「大丈夫だ、ここにいるのはオレだけだ。わかるな? ”ヒイロ”」
 何らかの記憶が夢に甦ったらしい青年は、ゆっくり瞬きして頷いた。呼吸が乱れている。落ち着けようと深呼吸する姿に、腕と足を掴んでいた拘束を解いてやる。
「すまない」
「気にするな・・・っても無理だろうけど、考えすぎると過去に飲まれるぞ」
 経験からくる忠告をさらりと口にして、デュオはベッドから降りる。
 苦虫を噛み潰したような顔で頷く青年”ヒイロ”の表情の豊かさに好感を覚えたデュオは、冷や汗に湿った黒髪に指を絡ませ、屈託のない笑顔で肩を竦めた。

                                          To Be Continued....

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