違和感は拭えない。体内に取り込んだ”月の鏡”は異物で、ひどく重い感じがした。大丈夫だとヒイロに言った手前、大きく息を吐いて誤魔化す。
左手のデスサイズが小さく唸り、まるで不満を告げる仕草に見えた。ぽんと手で軽く叩き、労ってやる。2つの神器を封じたデスサイズを還し、また痛みを訴える翼に眉を顰めた。
通常ならとっくに塞がっている傷だ。あの潔癖な五飛が毒を使うなど考えられないし、そんな雰囲気でもない。ただ治癒力の鈍い人間のように、いつまでも傷口が疼いていた。
「・・・デュオ、翼が・・」
口篭ったヒイロに、己の傷を見透かされたのかと肩を揺らす。荒れた大地の上に座り込んだヒイロの背が、ほんのり光を帯びたように見えた。4枚の羽がばさりと大きく羽ばたき、直後に2枚増えて3対6枚になる。予想していた事態なので、先日ほどの驚きはなかった。
「痛むか?」
心配そうに顔を覗き込めば、しっかりとした蒼い眼差しが向けられる。首を横に振って、数度翼を広げては閉じてを繰り返すヒイロが顔を上げた。手を差し伸べて、ヒイロを助け起こす。白い翼が鮮やかに景色を染め替え、陽光を弾いた。
眩しさに目を細めたデュオの頬に、天使の手が滑る。
「お前こそ痛むのではないか? デュオ・・」
どきっとした。
「そんなこと・・」
「痛い筈だ」
言い切ったヒイロに不審を覚える。だが光皇が顕現したわけでもないヒイロに、デュオの痛みを見抜ける筈はなく、結局気の所為だと自分を納得させた。
・・・しかし。
大きく広げた白い羽が、青白い光を帯びる。細められた蒼瞳が輝きを増し、魅入られたデュオがごくりと喉を鳴らして動きを止めた。細い指が慰撫するように傷口周辺を摩り、音もなく離れる。
「・・・治癒?」
魂に宿す光皇の所為で、人間の範疇から外れてしまったヒイロだが、あくまでも器は人間の筈だ。翼の影響で霊力を使うヒイロが自然を甦らせたのは、精霊自身が翼を持つ存在を主と仰ぐからだった。つまり精霊の力であって、ヒイロの能力として治癒を得ていた訳ではない。
疼く痛みが消えたことで、白翼が纏う光も散った。
温かな波動も、慈しむ柔らかさも、間違いなく治癒の能力だ。神族の血を引くミカエルも、感じ取った治癒の波動に目を見開いていた。
「まさか・・、光皇?」
無意識のデュオの呟きを聞き、否定する動きで首を横に振ったヒイロは複雑そうな顔で溜め息を吐いた。
「俺の中に別の存在を感じる。それが光皇で、本当に間違いないか?」
質問と云うより、確かめる意図を持った言葉に誰もが頷く。
「そうか・・・・ならば《甦りたくない》と願う切ない想いも・・・・彼の・・」
独り言に近いヒイロの声は小さく、しかし全員の耳に届いていた。
≪”彼の者”が消滅を願ったとしても、我は認めぬ≫
響いた声に宿る圧倒的な存在感―――誰もが頭を垂れて従うしかない至高の存在が、この場に降臨した。一瞬で緑が甦る大地と光と色を取り戻す風、世界は鮮やかに塗り替えられる。
ヒイロのすぐ隣に現れた青年は、金色に輝く髪以外はデュオにそっくりだった。まるで兄弟か双子のように、デュオより少し大人びた容貌の闇帝が微笑む。
足元まで覆うゆったりした黒衣、紫藍の瞳と足元まで届く金髪、白い肌に至るまで・・・ただ美しさと力を感じさせる、世界の創造主―――。
≪”お前”は、本当に私の意を汲まない≫
哀しそうに表情を曇らせたヒイロが応じる。ぼんやりと焦点が合わない眼差しは、光皇が顕現しているのだと示していた。
光皇の整った顎に手をかけ上向かせた闇帝は、ひどく嬉しそうに微笑む。
≪仕方あるまい。そなたの”願い”を叶えれば、我が狂ってしまう。世界を滅ぼしたくないのだろう?≫
言外に「世界を滅ぼす」と脅しを混ぜた闇帝に、光皇は唇を噛み締める。視線を向けた先では、傍観者の2人が頭を垂れて控えていた。その先で距離を取ったサリファとシフェルが様子を伺う。
「アンタが闇帝でも偽物でも構わないが、ヒイロは返して貰うぜ」
光皇と闇帝の不毛なやり取りに割って入ったデュオが、創造主と同じ紫藍の瞳を細めて低く唸った。
To Be Continued....
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